こんな人と仕事をしていました [こんなヤツと仕事がしたい]
中橋さん(仮名)から飲みに誘われたのは、入社して二ヶ月経ったか経たないかぐらいのころだった。気は全然進まなかったが「終電まで一時間ぐらいあるだろう。ちょっと付き合え」という有無を言わさぬ誘い方で、行きつけらしい居酒屋に連れて行かれた。
中橋さんは嘱託の編集者としてある週刊誌の連載を一人で担当していた。とても丁寧な仕事をする人で社内での信頼も厚く、連載は中高年に人気が高かった。年齢は60歳前半ぐらいだったろう。仕事上は関係がなく年齢も離れていたので、左斜め前の席に居ながらもしばらくは挨拶程度の付き合いだった。それが一ヶ月もすると、何かの折に目が合うと一言二言声を掛けてくるようになった。
電話が終わると「言葉に感情が出すぎるなぁ。気をつけた方が良い。」とか、帰る間際に「資料、整理してから帰ったほうが良いんじゃないか。明日は朝から打ち合わせだろう。」などなど。入社早々ほぼ終電帰り休日なしで働いていた身としては親身の助言も小言ぐらいにしか感じられなかった。
飲みの席でも小言を言われるのだろうと覚悟していたのだけれど中橋さんはほとんど喋らず、時折顔見知りらしい女将と料理の話をする程度だった。居心地の悪さから仕事や会社について感じていることなど話そうとすると、「そういう話はまた今度にしよう」と腰を折られ会話は続かなかった。その日は二人カウンターに並んでほとんど会話もなく酒を飲むだけだった。
その後も会社ではことあるごとに注意を受け、時折飲みに誘われた。二度目以降は、尋ねさえすれば少ない言葉で自分のことや仕事のことを話してくれた。
自分がその会社を退社して以来八年、中橋さんには会っていない。すっかり忘れていたのだけれど、社会人になってから接した人について書いてみようと思ったとき、真っ先に頭に浮かんだのは中橋さんだった。「こんなヤツと仕事がしたい」カテゴリーでは失礼かとも思ったけれど、どうしても最初に書いておきたかった。もし今一緒に仕事をしていたとしたらどんな関係を築いていたのだろうと思う。
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