人に求めるより自分を磨け

　電車に乗り込むと、ドアに一番近い座席で手すりに肩を預けてその男は座っていた。
　体型はかなり太め、髪の毛は油でべたついている。服はジャンパーもズボンも埃と染みにまみれている。開いた膝の間に大きな袋が一つ。膝を挟んで青いレジ袋が三つ四つで山を作り、それぞれにコンビニのレジ袋の集合体がのぞく。耳に手を当てた中からはチューニングの合っていないラジオのノイズが大音量で漏れている。
　男が目をつぶっているのをいいことに、まじまじと観察した。駅に近づくと袋の一つをゴソゴソとさぐる。手を入れた袋の中を覗くと複数のカウンターが見える。カチャカチャカチャカチャ・・・。駅からの発車の度にカウンターをすごい勢いでカウントさせ、また目を閉じ耳に手を当てる。
　何か起きる。いや起きてほしい。期待させる何かを男は持っていた。危ないと怪しいを半々ぐらいで同居させた男を乗せて電車は走る。

　ところが、しばらく経っても最初のインパクトを超えるものを見せようとしない。いくつかの駅を過ぎると寝込んでしまったのか、カウントすらしなくなってしまった。出し惜しみするなよと肩を叩きたくなったが、男の肩がフケだらけなのに気づき止めた。
　間もなく終着駅。男の様子は変わらない。折角の違和感が常態化して回りの乗客もすっかり日常を取り戻してしまっている。面白くない。君は何のためにそこにいるんだ。もっと出来ることがあるんじゃないのか？君のポテンシャルはその程度なのか？自分の存在意義を考えたことはあるのか？
　いや、そうじゃない。私は君を責めるつもりはないんだ。ただ、期待していたんだよ。私の常識を根底から覆してくれるようなパフォーマンスを、もしかしたら君がしてくるんじゃないかと。
　残念だよ。でも少しの間だけど、ドキドキしたよ。ありがとう。

コメント 6

その方は本当に目を閉じていましたか？
目に見えぬ速さで高速瞬きをしていたのを見逃してませんか？
by もっきー (2013-02-23 14:17) 

＞もっきー さん
私の動体視力は小学生の平均以下。確実に見逃していたと思います。
まさか瞬きの回数をカウントしていたとは、盲点です。
by パキ (2013-02-24 22:27) 

ここで、高速瞬き男ということに、決まったことを、彼に教えてあげたい。
　
by nyan (2013-02-26 14:55) 

＞nyan さん
やっぱり決定力のある人が入るとコメントも締まりますね。
彼への伝言は私にお任せください。同じ電車の同じ車両で張り込み続けます。
by パキ (2013-02-27 22:02) 

koiっていいですね。
by BH (2013-03-15 13:15) 

＞BH さん
ドキドキしてますか？
by パキ (2013-03-17 21:43)